前ページへトップページに戻る

※ 参考エッセイ

メールマガジン『これで安心HAPPYシングルライフ』創刊に当たっての所信表明 (2004/2/20)

 

さて、メルマガを発行しようと決意して、 資料を整理しているうちに、パソコンのファイルから 

5年ほど前に書いた作文が出てきました。

 以前所属していたFP(ファイナンシャルプランナー)の勉強会で、 共同でHPを作ろうという話になり、

それにUPするための 自己紹介代わりに書いた文章でした。

 結局サイト作りの話は立ち消えとなり、この作文だけが残っていたわけなのですが、今、読み返してみると、

そこに書いたことが ある意味、「シングルライフサポーター」を名乗り、 メルマガを発行しようなどと思うことに

なった動機、 というか私の原点の一つのように思われてきました。

 そこで創刊にあたり所信表明という意味も含め、お披露目させて いただきます。

 

 >>>>>>>>>>>>>>>>>> 

 

私が子供の頃(もうずいぶん遠い昔ですが)多くの女の子の 将来の夢は「お嫁さんになること」であり、

職業に就くとしても せいぜい「お花屋さん」とか「看護婦さん」くらいであったように 記憶しています。 

小さな頃から回りの大人たちに"変わっている"と言われて育った 私には、当然のことながら「お嫁さん」はもとより、

他の女の子たちが 夢見るような職業に対する憧れはまったくありませんでした。 

そこで、困ったのが、大人のよくする質問 「大きくなったら何になりたいの?」です。 

質問者の期待通りに「お嫁さん」とか「お花屋さん」などと 答えていれば、それで済んでしまうことなのに、 

そこはやはり子供のこと、真剣に考え込んでしまい、 大人が質問をしたことさえ忘れた頃になって「アフリカに行きたい。」

 などとつぶやいては、"変わっている"というレッテルの枚数を 増やしていたのでした。 

今になって考えると、私にとって「何になりたい?」という質問は、 単なる希望職種を問うものではなく、

「どういうふうに生きて行きたいか?」 つまり、「あなたのライフデザインを示しなさい。」という意味を持っていたのだと

思います。

 当時、女性は結婚して、子供を生むのが一番の幸せと信じられていました。 

今では一般的になった、独身で一生仕事を続けていくという女性の存在すら、 「ああいう生き方は不幸だ」といった、

悪しき見本として捉えられていたように 思えます。 その頃、私にも私なりの将来に対する希望や、こういう生活をしたいと

いった 漠然としたイメージはあったのだと思います。

 しかし、普通とは違う生き方をしたいのに、普通に生きていかなければ 不幸になる、といったイメージを植え付けられ、

"変わっている私"は、 「何になりたい?」と尋ねられる度に、途方に暮れてしまうのでした。 

最近になって、『選択肢の多い社会は豊かな社会だ。』といわれるように なりました。 

しかし、せっかく選択肢があっても、それは悪い(リスクの大小はともかく) 選択だといった社会の恣意的な暗示が

ある場合や、その生き方自体が まったくの新しい価値観から出たものであったり、社会から隠されたりしている ために、

選択肢自体が見つからない、ということもあるのです。 

結局私は、このようなことをきちんと考えることもなく、 ただその場、その場の状況に流されて来てしまいました。

 しかし、FPを学び、このグループに参加しているうちに、 選択肢は探せば見つかるのではないかということ、

 また無いのなら自分で作りだすことも可能なのではないかと考えるように なりました。 

自分の目指すべきモデル(将来像)が見あたらないというのは不安なものです。 しかし、今までモデルが無かったなら、

誰かがならなければなりません。 そしてそれは、私であってもあなたであってもかまわないのです。 

これからはもっと、隠れている選択肢を掘り起こし、新しい選択肢を作り出せる、 そういう「豊かな」社会になっていけば

いいなと思います。(1999/2/26)

 

 >>>>>>>>>>>>>>>>

 5年前に書いたものなので、現在とは多少社会情勢等が変わっているのかもしれませんね。

今では「選択肢が多すぎて、生き方を選べない」と言う人も  いるようなので…。  

でも、基本的なところはそれほど変化していないのではと感じています。

 

前ページへトップページに戻る/このページの先頭に戻る